どうやらどうにもこうにも変化していく時のようですよ。
タイミングってありますよね。
でもそれは自分で作りだしたり選んだりしているものではないと身に染みています。
「これだ!」と思っても、違う時はとんとコトが進まない。
逆に、「え、今?」てなときにぐいーーんと動いたりする。
おもしろいもんだと思い始めてから、がむしゃらになるのを辞められた。
でも、意思はもちろんあるので直感は逃さないようにしてとりあえず行動してみる。
そっからはまさに「運を天にまかせる」。
直感は多いので周りからみたら十分に突っ走っているようにみえると思うけど、今までは直感をゴニョゴニョ考えている時があり、結局スルーせざるを得なくなっていたり。
でも今は法則に気付いてから迷いなくせいせいと直感に従えるようになった。
いけたならそうだし、いけなければそれもそれ。
結局、「やってみなければわからない」ってことになるんだけど、もうこれはそういう流れがきているなと感じる。
そういう「時代」にきている。
地を固めて一歩一歩を踏み進めていく階級制のようなものはなくなり、もっと軽く自由な世界に向かっているのではないか。
だって、ゴリゴリの「ならねば」人間の私ですら、「もういいや〜」とかたくなに守っていたものをほいほいと手放していっているのだから。
それだけではなく、視界にうつるものが色彩から佇まいまで柔らかくなり、広くなったようですらあるのだ。
からだも軽く感じるし、たまにふわふわとしているような感覚もある。
環境も人間関係もここ1ヶ月くらいで大きく変化している。
それは私の意識の在り方の変化からの変化ではあると思うけど、だからこそこれは何かただごとではないと身をもって感じている。
身をすり減らす生き方はもう先がないのかもしれない。
「軸を見失うな」
つい昨日のこと、言われた言葉が身にささった。
偶然とは思えない言葉にぞっとしたと同時に熱いものが湧き起こった。
「やることは決まった」と思った瞬間でもあった。
軸さえ見失わなければ、私はどんなことでもできる、こわくない、自分を信じていけると思った。
相変わらずたらたら書いてますが、結論はごくシンプルなこと。
自分を愛し、自分をとりまく全てを愛する。
こうして言語化して改めて気づくけど、これはずっとテーマであったし乗り越えなければならない壁でもあった。
前回、モヤモヤ精算期だと書きましたが、ズバリこういうことです。
でもまだまだ途上、一進一退を繰り返しているけど、それも学び。
どれだけあがいても大きなものには抗えない。
それでも行き着くとこには行く。
軸はしっかりと、直感を信じる。
するとうんと楽だ。
やっぱりFacebookやらTwitterはちがうんだワ。
これからもこのブログで細々とあけっぴろげていくんだと思います。
違和感は大事な直感。
この場を提案してくれ、ずっと待っていてくれたねこもりやに感謝。
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